T-MAXの思い出、または貧乏くじを引く人生について

ちゃんびい

実家のトイレットペーパー、いつも私が替えている気がする。ちゃんびいです。

貧乏くじを引いた時は、自分だけが損しているような気持ちになりがちですが、実際、私のあずかり知らぬところで、父や母や妹も同じようにトイレットペーパーを替えているのでしょう。

少なくともそう思わなければ、人生はあまりに不平等ではありませんか。

今日はT-MAXにまつわるエピソードをちょっと記してみたいと思います。

T-MAX事変(2016)

高校時代はそんなに仲良くなかったけど、卒業して、大学、専門学校へそれぞれ進学してから、自然と集まるようになり、安い飲み放題で騒いだり、カラオケでオールしたり、学生っぽく遊んでいた友達グループがありました。

なぜ高校時代はそんなに仲良くなかったかというと、やはり年頃の男女だから遠慮していたのもあるのでしょうし、逆に遠慮がちな面々だからこそ、「地元に残った」という共通項を理由にして、何度も集まりたくなったのだと思います。

私は県外の大学に進学していましたが、仲の良かったカンタという男が誘ってくれて、鹿児島に帰省するたび、その集まりに入れてもらっていました。

久しぶりに遊ぼうよ。

大学生活を終えてしばらくしてから、誰かが、その集まりのグループLINEでそう提案したのです。

せっかくだから、昼に集まって遊ぼうよ。飲みもいいけど、たまにはそういうのも楽しくない? いいね、ラウンドワンとか? ボーリングとか? どこがいいかな?

私はあまりいいアイデアを思いつけず、そんな出不精な自分のつまらなさを鹿児島という土地の何もなさのせいにして「なんでもいいよ」と笑っていました。

すると、カンタが言いました。

「ボーリングならT-MAXもあるよ」

グループトークに生み落とされたなにげない一言に、高校時代、生徒会長をやっていた「会長」がこう返したのです。

「T-MAXはパチンコ屋でしょ(笑)」

これをきっかけに、カンタは「ボーリングをしようと盛り上がっているのにパチンコ屋を提案するつまらないボケをかました男」として認知されるようになったのです(2016)。

T-MAXとは

カンタが提案した「T-MAX」は、ボーリング場の「T-MAX BOWL」です。

T-MAX BOWL | 鹿児島市天文館にあるボウリング場

天文館のど真ん中にあります。

一方、コマーシャルで「ティーマックス!」とおしゃれに呼ばれているのは、パチンコ屋さんのT-MAXです。

会長はT-MAXと言われてパチンコ屋さんしか想像できなかったのでしょう。あとでカンタは「T-MAXはボーリングもあるんだよ、俺が変なこと言ったみたいにしないでくれよ」と怒っていましたが、時すでに遅し。カンタは事あるごとに「T-MAXいじり」をされるようになります。

「カンタ、バイト代は何に使うの、T-MAX?」「カンタ遅刻かよ、またT-MAXに行っていたのか?」「カンタ、二次会どこ行く? T-MAX以外ね」

カンタ(KANTA)の「T」は「T-MAX」の「T」とまことしやかに言われるようになりました(言っていたのは私だけですが)。

ちなみに、ボーリングへ行くことになりそうだったその日は、中央公園でジェンガや縄跳びをして遊びました。集合する際、カンタをT-MAX男に仕立て上げた犯人である会長が、「公園の西側にいるよー」とグループLINEに投稿しました。

モニュメントや他の建物ではなく、「方角」を使って場所を指定したことに一同驚きを隠せませんでしたが、それはまた別の話です。(会長曰く、鹿児島市内は桜島の見える向きを基準に自分の位置を意識しているから、方角も余裕でわかる)

T-MAXの悲劇(2020)

それから数年後、出不精な私も、T-MAX BOWLを訪れる機会がありました。

職場のレクリエーションです。

たまにはレクリエーションでもして親睦を深めましょうよ、とある職員が提案し、スタッフ全員でT-MAX BOWLへおもむきました。

事前にくじで振り分けられた4人1組の4チームで何ゲームか行い、団体戦、個人戦で勝敗を競いました。

スポーツの苦手な私は、ボーリングに限らずゲーム全般をしても鈍臭く、うまくコツをつかめないまま終わってしまうことがしばしばです。しかもインドア派ときている。ボーリングも上手になる機会を得ないまま大人になったので、この日もさんざんでした。

ガーターばかりで、なんとかスペアくらいは取れるようになったかな、という頃には、すべてのゲームが終わっていました。チームの数字もたいして伸びませんでした。

ロビーに集まり、結果発表です。

団体戦で1位のチームには、賞金が贈られました。理事長からメンバー全員に、ポチ袋が配られます。

2位のチームにも、いくらか賞金がありました。開けていいですか? と笑っています。

個人の記録も表彰されました。トップ賞、2位、3位。主催者が景品を渡していきます。

うまかった人だけでなく、ブービー賞とか、ガーターの多かった人、くじで引いて出た数字の順位だった人にも、ちょっとした景品がありました。

すべての表彰が終わって、私はふと気づきました。

私だけ何ももらっていない。

得意な人も苦手な人も、結果が良かった人も悪かった人も、みんな何かしらのかたちで賞金や景品をもらい、楽しかったね、お疲れ様でした、と笑える仕組みになっていたのにもかかわらず、私だけ、みんなの前で何ももらうことがなかったのです。

結果発表が終わってから、私のもとへ理事長がやってきて言いました。

「ごめんね、ちゃんびいくんだけ何もあげられなかった。みんなにうまく回してあげたかったんだけど」

いえそんな、いいですよ、と言いながら、T-MAXを後にして歩いて家へ帰りました。(2020)

ここで「なんで俺だけ何もないんだよ!」と笑いに変えられるキャラクターだったらどんなによかったでしょうか。「景品もありますよーみなさん頑張ってください!」と盛り上げるためのものに言いがかりをつけるのも変だし、あとでネチネチ言うのも空気を悪くするし何より自分が嫌になる。

アパートの部屋のベッドに寝転び、ああ、そういえば私はこういう星のもとに生まれついているんだった、と思い出したのです。

貧乏くじを引いているのか?

中学生の頃、クラスマッチがありました。クラス対抗で勝負する大会です。

1年生の1学期、競技はソフトボールでした。私は下手くそなので、下位の打順にしてもらい、できればあんまり順番が回ってほしくないな、と思っていました。

実際に始まってみると、本当になぜだかわからないのですが、回の攻撃が終わり、守り、次の回の攻撃に変わると、打順がまた1番から始まるルールになっていました。

結局、私に打順が回ってくることはないどころか、ネクストバッターサークルに立つこともなく、守備でも外野にいたのでほとんどボールを捕ることはなく、一日が終わりました。

小学生の頃、父親とキャッチボールした黒いグローブを、きれいなまま、家に持って帰りました。

「打てた?」と父に聞かれ、「まあまあ」と強がって答えました。ミスしたくないな、と思っていましたが、嘘の報告をするのも悲しいものがありました。

* * *

書いていて「貧乏くじ」とはちょっと違うな、と思いましたが、似たような経験が他にもあります。

中学3年生の頃、足だけは速かった私(さだまさしの「親父のいちばん長い日」みたいですね)は、鹿児島県の代表として、陸上の大会の遠征に行きました。

県の選手団としてまとまってバスに乗り、宿舎に泊まります。同じ鹿児島の選手として、お互いに応援します。

大会が始まる2日ほど前、宿舎に泊まっていた夜の出来事です。

男子選手の6人ほどでひとつの部屋に泊まっていたのですが、ふと気づくと、同じ部屋の選手がみんないなくなっていました。私ひとりだけ取り残され、テレビでジャンクSPORTSを見ていたのです。

あれ、おかしいな、みんなどこに行ったんだろう。

そう思いながらも探す勇気もなく、ひとり静かに待っていました。

30分ほどするとドタドタと足音が聞こえ、みんなが戻ってきました。私は隅っこの布団に寝転がり、会話の内容を聞いていました。

「あいつ上手かったな」「汗かいた」「楽しかったじゃん」「卓球でも全国ねらえるな」「先生、早く寝なさいって言いながら笑ってたよな」「調子に乗るなよ」「あはは」

どうやら、私以外のみんな、同じ部屋にいた者だけでなく、鹿児島県の選手団みんなで、宿舎の卓球場で遊んでいたようです。

そのうちひとりの男子が、私のほうを見て笑いながら言いました。

「テレビ見てたの?」

振り返った私は「うん」とだけ言って笑い、寝る準備を始めました。

誰もがT-MAXの前を気づかずに通りすぎていく

似たような経験はいくつかあって、私も冷静に振り返ることのできる歳になってきたので、ひとつひとつゆっくり思い出して笑い話に変えていきたいなと思っています。

高校生くらいから「俺はもういい、取り残されてもいい」と思うようになり、図書室で本を読み、通学のJRで本を読み、遠征の宿舎でも本を読むようになりました。

「俺も小説を書いてみたいな」と思って大学では文芸部に入りました。

大学を中退して地元に戻り、保育士として療育施設に勤務してからは、疎外感を味わった経験がちょっとは役に立ちました。取り残されがちな子どもたちの気持ちをくんで、やさしく笑えるようになりました。

そしてあのとき読んだ小説は心に蓄積されています。自分の書いた小説やエッセイが、ほんの少し陽の目を見るようになりました。

サラリーマンになってからは、自分の性格をうまく利用するようになりました。角の立たないように、あんまり悪目立ちしないようにやり過ごしながらも、周囲には気を配り、コツコツ結果を積み上げる術を身につけよう、取り残されがちだという短所を、長所にしてしまおう。

いま思うに、貧乏くじを引いている、とか、気づいたら置いていかれている、と思いがちな場面においては、本人が上げるべき声を上げていなかったり、見るべき周囲の様子を見ていなかったりするのでしょう。問題はそこに気づいているかどうか、そして、自分の中でどうしたいと思っているか、なのではないでしょうか。

T-MAXの前を通るたび、いつも切なく振り返る、わけもなく、ただ「ティーマックス!」と頭の中でこだまするのです。

ちゃんびい

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